誰でも劇的に文章が上手くなる方法②~想定する読者を絞れ~
想定する読者を絞れ
本日は文章講座の2回目である。
前回は文章を書くのがいかに難しいかという点を説明した。
今回からはさっそく本題に入っていく。
テーマは「読者を想定する」である。
突然だが、
君たちはなぜこうやってブログを書いているのだろう?
アウトプットのため?ブログで収益を上げるため?自分の日記がわり?
目的は人それぞれだろうがやっている以上は多くの人に見てもらいたいと思っているのはずだ。
たしかに閲覧数が増えたり、コメントをもらえたりするとブログを続けるモチベーションにもなるからこの考えは何も間違っていない。
しかし多くの人に見てもらいたいと考えるブロガーが陥るワナがある。
それは万人受けする文章を書いてしまうことである。
たしかに万人受けする文章を書けば批判されることは少なくなるし、多くの人が読者になってくれるだろうと考えるのもわかる。
しかし悲しいことに誰からも嫌われない文章というのは誰からも好かれない文章でもある。
私も昔はあたりさわりのないことや一般論を掻き立てて自己満に浸っていた。
いい人になろうとしてしまったのだ。
しかしこんな八方美人な文章を読んでいったい読者は面白いだろうか?
万人受けする文章というのは特徴がないが故に確実に埋もれる。
たとえば本やツイッターなどで人気がある人の文章を見てみるとけっこうトゲがある文章が多い。偏見や極端な意見も多いような気がする。
私が好きな作家に千田琢也がいるが、彼の文章も極端である。
「三流はどこが間違っていますかとよく聞かれるが、答えはすべて間違っているのだ。
三流は言葉遣い、姿勢、挨拶、呼吸などのすべてが間違っているのだ。」
「挨拶をして返してこない人は100%元いじめられっ子だ。」
私自身も彼の本を読んでいて「ほんまかいな」と思うことも多いが、ここまでくると読んでいて気持ちがいいし、面白い。
彼らに共通することは嫌われることを恐れていないということである。
極端に偏った意見だからこそ一定数のファンが付く。
当たり障りのない文章というのは誰が書いても同じである。
文章に付加価値を付けるためにはそこに書き手の意見がなければならない。
自分の意見は極力、断定を使い、言い切った方が読者に響く。
次の文章を見てみよう。
①「最近の若者は政治に興味がない。」
②「これはあくまで私の見解であって、もし間違っていたら申し訳ないのですが最近の
若者は政治に興味がないように思われます。」
読者にストレートに響きやすいのは①である。
②は読者に媚を売っているようで間違っていたときのために保険をかけているような印象を受ける。
これは極端な例だったかもしれないが下のような文章もよく見かける。
「最近の若者は政治に興味がないのではないかと私は思います。」
一見すると悪くない文章だがこれも「ではないか」や「私は思います」など少しぼやかしている印象を受ける。
気持ちはわからなくもないが、ここは思い切って「最近の若者は政治に興味がないと思う」もしくは「最近の若者は政治に興味がない。」としたほうがいいだろう。
今回はこのへんにしておきます。